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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)1431号 判決

原告

菅原吉勝

右訴訟代理人弁護士

田中誠

大塚達生

宇野峰雪

鵜飼良昭

野村和造

福田護

高田涼聖

岡部玲子

被告

神奈川中央交通株式会社

右代表者代表取締役

齋藤寛

右訴訟代理人弁護士

淺岡省吾

主文

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一四七七万〇五一三円及び平成六年五月から毎月二五日限り、一か月金五八万〇二六〇円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、金員の支払いを命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一本件請求

原告は、被告に雇用された労働者であるところ、平成四年八月一九日付けで懲戒解雇されたが、〈1〉右懲戒解雇は、懲戒権の濫用であり、かつ、訴外神奈川中央交通労働組合の組合員としての原告の組合活動を嫌悪してなされた不当労働行為であるから、無効であると主張(選択的主張)して、被告に対し、原告と被告との間に雇用契約関係が存続することの確認、平成四年九月二五日支給分から平成六年四月二五日支給分までの賃金(賃金計算期間は平成四年八月二〇日から平成六年四月一五日まで)の未払賃金合計一一五四万七一七四円と、平成四年冬季一〇六万三一〇六円、平成五年夏期一〇七万一〇五四円、平成五年冬季一〇八万九一七九円の臨時給(一時金)合計三二二万三三三九円の総合計金一四七七万〇五一三円及び平成六年五月二五日支給分以降の賃金(賃金計算期間が平成五(ママ)年四月一六日以降の賃金)の支払いを求めるとともに、〈2〉被告による原告の懲戒解雇は原告に対する不法行為を構成すると主張して、被告に対し、慰謝料五〇〇万円の支払いを求めている。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実

1  被告は、自動車運送業等を目的とする会社である。原告は、昭和三六年九月以降バス運転士として被告に雇用された従業員であり、被告会社平塚営業所に所属し、被告会社従業員により組織される訴外神奈川中央交通労働組合(訴外労組又は単に労組という。)の組合員であって、平塚分会の分会委員であり、かつ、平塚分会選出の組合大会代議員でもあった。なお、訴外労組は、被告会社における唯一の労働組合であり、被告との間にユニオンショップ協定を締結している。

2  被告の「従業員就業規則(就業規則という。)」、「乗務員および誘導員服務規程(服務規程という。)」及び「従業員懲戒規程(懲戒規程という。)」には、次の定めがある。

(一) 就業規則

八条一項 従業員は、その職務に関して会社の諸規則を誠実に守り、所属長(課長以上の者及び所長をいう。以下同じ。)の指示に従い互いに協力し、その職責を遂行するとともに職場秩序の保持に努めなければならない。

一〇条 制服および制帽を貸与された従業員は、労働時間中必ずこれを着用しなければならない。

(二) 服務規程

三条 乗務員等は、事業の公共性を認識し、職責の重要性を自覚して誠実に職責を遂行しなければならない。

五条 乗務員等は、所属長の指示命令に従って職場の秩序保持に努めなければならない。

七条 乗務員等は、勤務に際し、次に掲げる事項を遵守しなければならない。

(五号)勤務時間中は、必ず制服および制帽を着用すること。

(三) 懲戒規程

九条 次の各号の一に該当するときは、譴責、減給、出勤停止、昇給停止もしくは降職に処する。

ただし、情状により所属長の訓戒のみに止めることができる。

(一号)正当な理由なく、しばしば遅刻・早退したとき、または無断欠勤引続き三日を越えたるとき。

(二号)就業時間中著しく業務を怠ったとき。

(三号)業務上の過失または監督不行届により事故を発生させ、会社に損害を与えたとき。

(四号)業務上不正な行為があったとき。

(五号)社内の風紀秩序を乱す行為のあったとき。

(六号)会社の諸規則、令達に違反したとき。

(七号)業務上の指示命令に違反したとき。

(八号)業務上の権限を濫用したとき。

(九号)社員として、会社の体面を汚す行為のあったとき。

(一〇号)その他前各号に準ずると認められたとき。

一〇条 次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇、降職、昇給停止もしくは出勤停止に処する。

(三号)業務上の指示命令に従わず業務の秩序を乱したとき。

(八号)前条の各号に該当し懲戒を受け、なお改悛の見込みがないとき、および二年以内に再び前条に該当する行為のあったとき。

(九号)前条第四号乃至第九号に該当し、その程度の重い者。

3  道路運送法(法という。)二四条一項は、「一般乗合旅客自動車運送事業者又は一般貸切旅客自動車運送事業者は、自動車の運転者、車掌その他旅客又は公衆に接する従業員に制服を着用させ、又はその他の方法によりその者が従業員であることを表示させなければ、その者をその職務に従事させてはならない。」と規定し、旅客自動車運送事業等運輸規則(昭和三一年運輸省令四四号。運輸規則という。)四一条は、「旅客自動車運送事業者は、乗務員が事業用自動車の運行の安全の確保のために遵守すべき事項及び乗務員の服務についての規律を定めなければならない。」と規定している。

被告は、昭和二六年一二月二六日「服制」と題する規程を制定し、この中で、従業員の制服として「上衣、袴(男性はズボン、女性はスカート)、帽子、外套、作業衣」を定め、地質、形状等の制式を規定した。その後、被告は、昭和三八年七月五日を施行期日として右「服制」規程を改正して、現行の被服規程を制定した。被服規程は、従業員に対する制服その他(併せて被服という。)の貸与並びに本社及び営業所に備え付ける被服の供用については、この規程の定めるところによると定め(一条)、運転士等の乗務員の職位、性別に応じた制服制帽その他の被服の具体的な形状、その着用期間などについて規定した。これを制帽についてみると、その地質は、表地・天井とマチは紺青色合成繊維、蛇腹・ポリエステル糸斜子網目、裏地・中心部に油止めビニール張り径一二センチメートルとされ、型式は、円形で、ひさし(ビニール、つやけし、黒色)、あご紐(ビニール、つやけし、黒色)、すべり皮(黒色)、耳ボタン(社紋出し、銀色)、張出し(発泡ポリエチレン、高倍率一五ミリメートル、グレー)がついているものとされている(六条、七条、別表一及び三)。

4  被告は、原告に対し、原告の次の行為は懲戒規程九条五号、六号、七号に該当するとして、同一〇条三号、八号、九号により、平成四年八月一九日付けで懲戒解雇する旨の意思表示をした(なお、被告が懲戒解雇の事由とした次の行為については、その行為をしたこと自体は原告も認めている。)。

(一) 平成四年七月五日の件(その一)

平成四年七月五日午後二時四四分ころ、街頭指導中の平塚営業所佐野所長らが明石町交差点付近において原告が六三ダイヤに乗務中であるのに、制帽を着用していないのを確認した。続いて、四ツ角交差点で同営業所大貫助役がこれを現認した。大貫助役は停車した原告のところに行き、同人に制帽を着用するよう指示したが、原告は、私はかぶりません、安全運転するためにかぶりませんなどと言ってこれに従わず、制帽を着用しなかった。

(二) 平成四年七月五日の件(その二)

同日午後四時五五分ころ再び原告が明石町交差点付近を制帽不着用のまま六三ダイヤに乗務しているのを佐野所長及び今井助役が現認し、今井助役が停車した同人のところに行き、着帽を指示したが原告は安全運転のため九月末まではかぶらない等と言って、指示に従わなかった。このため佐野所長と今井助役は、原告のその後の乗務予定を変更して、平塚駅前サービスセンター控室で大貫助役も同席させて原告に対して教育を実施した。しかし、原告は、会社の規則は知っているが、暑い時に汗を流して制帽をかぶっていると安全運転ができないからかぶらないなどと言って、何ら改めようとしなかった。

(三) 平成四年七月六日の件

(1) このため佐野所長は、翌七月六日、平塚営業所において、原告に対し再教育を実施したが、原告は昨日言ったとおりで制帽はかぶらない、他人はどうであれ制帽をかぶらないほうが安全運転できる、九月末まではかぶらないと言って、全く態度を改めようとしなかった。

(2) 同日、この後平塚営業所の土屋指導運転士兼班長運転士が運行する八四ダイヤに原告を乗車させて添乗教育を実施し、指差呼称を指導するとともに制帽の着用を指示したが、原告は、それでも無視してかぶらなかった。

(四) 平成四年七月七日の件

翌七月七日午後六時すぎころ、四ツ角交差点先本厚木方面行き乗り場において、大貫助役が乗客整理をしていたところ、一六六ダイヤ(午後六時〇八分厚木駅行き)運行のため「ひ五五号」に乗務してきた原告が制帽を着用していなかったので、着用を指示したが、これにも従わず脱帽のままで右バスを運行した。

(五) 平成四年七月一二日の件

佐野所長は、右のような経緯から、同年七月一二日原告に対して添乗教育を実施したが、原告は依然として制帽を着用していなかった。そのため、同所長は、同月一四日に平塚営業所において、原告に個別教育を実施し、乗務中制帽を着用するよう指示した。しかし、原告は、これを無視し、全く態度を改めなかった。

(六) 平成四年七月二〇日の件

このような原告の態度に対して佐野所長は、服務の基本を再認識させるため、研修センターでの再教育が必要と判断し、同年七月二〇日にこれを受講させた。同日、この再教育終了後、佐野所長が原告に個別教育を実施したところ、原告は、研修センター所長から三時間ほど再教育を受けたにもかかわらず反省せず、今後も安全運転のため制帽を着用しないと公言して、全く態度を改めようとしなかった。

(七) 花田人事部長による説得の件

原告の右規律違反について、懲戒具申を受けた被告本社人事部は、同年七月二八日及び八月四日の二度にわたり、花田人事部長が堀人事課長と佐野所長を同席させ、原告から事実の確認を行い、原告を説得し今後乗務中は制帽を着用する旨の確認を求めたが、原告は、これに応じないまま、前同様の応答を繰り返して態度を改めなかった。その際、花田人事部長は、会社の規則規程の内容と意義、旅客運送事業法令の関係条文の趣旨、乗合バス運転手の法的責任、職場秩序と所属上長の指示命令遵守の必要性についても説明し、原告の右各行為はこの職務職責に著しく反するものであるとともに、雇用契約の基本的義務にも反する重大な不当行為であることを指摘し、ことに原告はこれまでにも再々懲戒処分を受け、しかも今次行為は先の平成三年四月二七日に原告が研修センターでの教育を放棄して懲戒処分を受けたにもかかわらず、再び繰り返された意図的な重大規律違反行為であることも指摘して、この際、真に従来の行為を反省し今後は態度を改め再びかかる行為を繰り返さないということを誓約するよう説得したが、原告はこれを拒否して態度を改めなかった。

5(一)  被告における賃金の計算期間及び支給日は、前月一六日から当月一五日までの分を当月二五日に支給するというものである。原告の懲戒解雇前三か月間の平均賃金額は五八万〇二六〇円(月額)である。しかして、平成四年八月一九日までの給与は支払済みであるから、原告に同月二〇日以降の賃金請求権があると仮定した場合の平成四年九月二五日支給分(同年八月二〇日から同年九月一五日までの分)の金額は五二万二二三四円となり、平成四年一〇月二五日支給分以降については、毎月五八万〇二六〇円となる計算であり、これにより平成六年四月二五日支給分まで(計算期間は同年四月一五日分まで)の未払賃金の合計額を計算すると、一一五四万七一七四円となる。

(二)  原告の解雇後、被告会社においては、平成四年冬季、平成五年夏期、冬季の三回の臨時給(一時金)が支給された。被告と訴外労組との間の労働協約により妥結された臨時給支払の方法及び基準により、原告が懲戒解雇されなかったものと仮定し、原告が標準的労働者として考課査定された結果により原告が支給されるべき臨時給を求めると、その計算値は次のとおりとなる。

(1) 平成四年冬季一時金 一〇六万三一〇六円

(2) 平成五年夏期一時金 一〇七万一〇五四円

(3) 平成五年冬季一時金 一〇八万九一七九円

二  争点及びこれに関する当事者の主張

1  争点1

第一の争点は懲戒事由の存否であるが、被告が本件懲戒解雇の理由とした原告の行為(第二の一の4の(一)ないし(七)。本件行為という。)については、原告がその行為をしたこと自体は争いがないので、右行為が懲戒事由に該当するかどうかが問題となる。主要な争点は、制帽着用義務を定めた就業規則及び服務規程を夏期に適用することが不合理といえるか、否かである。

(一) 原告の主張

(1) 被告会社の就業規則及び服務規程は、運転士に対し、就業時間中(乗務時間及び客扱い時間等に限定されていない。)の制帽着用を義務づけており、夏期も制帽着用義務は免除されていない。運転士が夏期に乗務中、制帽を着用することは、暑さ、発汗による不快感を生み出し、運転士が快適な運行を行う上で支障となる。発汗によって汗が垂れて目に入ると安全運転に差し支える。また、汗を拭うために手を頭に遣ることにより片手ハンドルとなり、安全運転に差し支えるのである。近時、被告会社においては冷房車が普及しているが、冷房がなされたとしても、運転席が直射日光を受ける(バスのフロントガラスは非常に大きく設定され、運転手の前方及び左右の視界を可能な限り確保するものとなっているため、直射日光が当たる。)ため、夏の暑い時期にはかなりの高温になる。また、運転士の労働動作は大きく激しいものであり、汗をかくし、体感温度も上昇する。冷房を強くすれば、冷房の吹き出し口が運転士の右肩上方にあることから、右肩付近が集中的に冷やされ、肩痛や肩凝りの原因となってハンドル操作に差し支えることもあるのである。

(2) 被告会社においては、非常に多くの運転士が夏期は自発的に脱帽してきた。原告は、被告に対し、夏期の制帽不着用を認めるよう申し入れてきた。しかし、被告は、抽象的に職場規律や会社の考えであるというだけで、着帽についての実質的な理由を示したことは一度もない。また、就業規則においては、「制服及び制帽を貸与された従業員は労働時間中必ずこれを着用しなければならない。」と規定しているが、営業所事務員等の運転士以外の従業員にも制帽は貸与されているのに、制帽をかぶっている従業員はほとんどいない。同じ従業員でありながら、運転士のみに着帽を強制するのは不合理、不平等である。

(3) 神奈川県下を運行しているバスのなかにも、横浜市交通局、東急、小田急、江ノ電、臨港バス、箱根登山鉄道、川崎市交通局の各バス会社は、いずれも夏期の脱帽を認めている。他のバス会社では認められ、生産性を阻害する訳でもなく、利用者に迷惑をかけるわけでもない夏期脱帽が、懲戒解雇を正当化するほどの企業秩序破壊を生み出す訳がない。夏期も着帽を義務づけるのは、就業規則としては不合理であり、拘束力はなく、単なる訓示規定として、労働者が任意に従うか、否かを決めるべきものとしてのみ存在を許されるものである。懲戒規定に該当するか否かの判断に当たっては、懲戒権の発動が企業秩序を破壊する者に対する制裁であることに鑑みれば、違反の形式だけを捉えて形式的に論じるべきではなく、より実質的に企業秩序の破壊があるのかないのか、その程度が大きいのか小さいのかという観点から判断すべきである。そのような観点から本件懲戒処分を見れば、懲戒規程の各条項を形式的に適用した会社の行為は、合理的とはいえない。結局、原告には、懲戒規程に定める懲戒事由に該当する行為がなかったというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 法は、乗合バス事業が不特定多数の公衆に対する利便を提供し、乗客の生命、身体、財産の安全に直接かかわる公共性のある事業であることから、その二四条において、事業者に対し、旅客又は公衆に接する従業員に制服を着用させるなどして、その者が従業員であることを表示させることを義務づけている(前記第二の一の3)。被告は、この規定を受けて、就業規則一〇条、服務規程七条五号により、従業員に対して制帽を含む制服の着用を義務づけているのである。

(2) 被告においては、乗合バスが冷房化される前の昭和五一年に労使の了解事項として、被服規程の改正を行わないまま、夏期の暑い日中に限り特例として脱帽を暫定的に許可するとの運用を行うことにし、各営業所長に対し、「勤務時間中は必ず制服制帽を着用する。ただし、六月一五日から九月一四日までの暑い日中は、乗務中脱帽しても監査の対象としない。この場合も必ず帽子を携帯し、所定の場所(運転席後部右側)に置くこと。」との通知を発し、これに基づき、昭和五二年度からこの夏期特例扱いが実施された。

(3) 乗合バスについては、昭和五五年度から順次冷房車両が導入されることになった。これに伴い、乗合バス冷房車両については夏期特例を適用せず、原則どおり乗務中の制帽着用を実施することとし、昭和五五年八月に労組に対し、乗合バス冷房車に乗務する場合は夏期特例の対象とせず、原則どおり制帽着用を実施したい旨申入れ、その同意を得た。そこで、被告は、昭和五五年からは、乗合バス冷房車両については夏期特例は適用せず、冷房車両乗務中は原則どおり制帽を着用することになった。その後、昭和六二年五月に乗合バスの冷房化が終了したことから、被告は、労組の同意を得て、乗合バス運転士についての夏期特例を廃止し、制帽着用を全面実施することに復したのである。

(4) 以上のように、被告会社が乗合バスの運転士に制帽の着用を義務づける就業規則等の規定を夏期に適用することに何ら不合理な点はない。

2  争点2

原告に懲戒事由があるとした場合、被告会社が原告を懲戒解雇したことは懲戒権の濫用となるか、否か。

(一) 原告の主張

本件懲戒解雇は、懲戒権の濫用に当たる。

本件懲戒解雇と同時期の平成四年八月一八日付けで、勤務時間中に賭博をした運転士三名に対する懲戒処分が発令されている。その処分の内容は、それぞれ、降職、出勤停止三〇日及び出勤停止二〇日にすぎない。また、被告においては、過去に集団で窃盗行為を行い、被告の社名入りで新聞報道までされ、被告の体面を明らかに傷つけた者を処分をしなかったことがある。また、平成五年五月二三日午前一時ころ平塚営業所所属の某運転士は、酒に酔って同営業所に立ち寄り、泥酔状態のまま営業所内に停めてあった自家用自動車を運転して帰宅しようとし、運転を誤り営業所内に停めてあったバス二台に衝突してこれを大破させた上、泥酔のため衝突自体に気づかず、そのまま公道に出て運転を続けたという事案が発生した。被告は、このような交通労働者にあるまじき非違行為をした運転士に対して降職五年という懲戒しかしていない。そして、被告会社においては、原告以外にも脱帽して乗務しているものがいるし、大和営業所には平成二年の夏期脱帽により減給の懲戒を受けた三名以外にもそのような運転士がいる。それにもかかわらず、懲戒を受けたのが原告及び大和営業所の三名のみであるということ自体が平等原則に違反する。しかも、大和営業所の三名の受けた懲戒が減給であるのに対して、原告が受けたのが懲戒解雇であるから、この点からいっても均衡を失することは明らかである。

原告は、今まで脱帽を原因として懲戒を受けたことは一度もない。また、着帽をしないと懲戒解雇されることを予告されたこともない。このような手順を踏まずに、いきなり労働者に対する最も過酷な懲戒解雇をするのは相当性を欠くものといわざるをえない。したがって、原告に対する本件懲戒解雇は懲戒権の濫用として、無効である。

(二) 被告の主張

原告による平成四年七月の制帽不着用は、たまたま制帽の着用を忘れたという案件ではない。被告会社の規律、秩序に違反するものであることを十分認識していながら、故意かつ意図的に乗務中脱帽して制帽を着用せず、所属上長から再三にわたって注意され、指示を受けても全く改めなかったのである。原告は、所属営業所長、助役から何度注意、指示されてもこれらを無視して、同年七月五日から同月二六日までの間、殊更違反を繰り返し、研修センターにおける再教育においても、その後の所属営業所長の教育においても、更に本社人事部長の事情聴取においても反省するどころか、なお制帽は着用しない、信念であるなどと言って改めなかったものであって、被告会社従業員として極めて悪質であり、社員としての適格を欠くものである。原告は、昭和四九年四月に特殊交番の仮眠中に無断で外出し飲酒したことにより同年八月に減給処分を受け、昭和五三年に導入された指差呼称の制度に反対してこれを行わなかったことにより昭和五四年二月に譴責処分を受けるという規律違反の事実があるほか、本件の二年以内以前に懲戒を受けている。すなわち、原告は、平成三年二月一三日午前一〇時から午後五時まで、被告の研修センター(伊勢原市所在)において集合教育を受けることになりこれに出席したが、同日午後二時一五分ころ、研修科目の一つであるグループ別討議の最中に、無断で研修室を抜け出して離脱し、そのまま以後の受講を放棄して、被告会社の規律、職場の秩序を乱したことにより、平成三年四月二七日に減給の懲戒を受けた。したがって、これらの事情をも考慮すると、被告がもはや原告との間の雇用関係を維持できないと判断したことは、誠にやむを得ないものというべく、何ら懲戒権の濫用に該当するものではない。

3  争点3

被告が原告を懲戒解雇したことは、労働組合法七条一号の不利益取扱に該当する不当労働行為となるか、否か。

(一) 原告の主張

(1) 被告会社内には、被告とユニオンショップ協定を結んでいる企業内単一組合である訴外労組がある。労組は、公共交通関連会社の労働組合の多くが加盟している私鉄総連にも加盟せず、独自かつ特殊な労使協調路線を歩んでいる。平成四年は、中央執行委員(全組合員による選挙)、中央委員(分会毎の定数に対して、分会毎の選挙)及び分会委員(分会毎の選挙)の選挙が予定されていた。

(2) 被告は、昭和三七年に全国にさきがけて、バスのワンマン化を始めたが、これに伴う労働条件や車掌の処遇をめぐり、訴外労組の取組が十分なものでなかったことから、運転士を中心に、労組を改革、強化しようというグループが生まれた。原告も平塚営業所からこれに参加し、中心的な役割を担ってきたが、その後昭和五四年三月からグループの名称を「神奈中職場に権利を確立する会」(権利を確立する会という。)として、現在に至っている。

権利を確立する会は、次のとおり積極的な活動をしている。すなわち、被告会社の乗合バスの運転士の所定労働時間は一日七時間であるが、通常の交番表(勤務ダイヤを予め定めたもの)に最初から超勤が組み込まれており、労働協約により認められた制限ぎりぎりの超勤が珍しくないという状況であった。これは、被告会社が運転士の増員を図らずに、長時間労働により路線増、便数増をこなそうとしてきた結果であり、この長時間労働問題はまさに職場の労働条件に関する最大の課題であった。権利を確立する会のメンパーたちは、長時間労働の実態調査と是正を被告及び労組に申入れ、協約違反の実体を告発するなど、終始一貫して積極的な取組みをしてきた。また、権利を確立する会は、事故により生ずる賠償問題、車両修理費の問題等について、被告及び労組に対して是正を求め、運行時間の適正化に関しても、運転士の大幅増員を被告に要求し、被告及び労組が労災認定に消極的であったことから、原告らによる資料提供や調査により、労災が認定されたこともある。夏期制帽着用問題も、同業他社が不着用を認めている状況を踏まえて、重要な労働条件に関する問題として積極的に取り組んでいる。

(3) 原告は、権利を確立する会の副会長や法対部長を歴任し、平成二年には事務局長となり、その活動の実務的な面を担ってきた。訴外労組の中央執行委員会選挙においても、昭和四六年選挙以来、権利を確立する会メンバーに推されて、厚生部長候補、教宣部長候補、副執行委員長候補として立候補し、当選こそないものの、常に相当数の組合員の支持を集めてきた。

平成四年一〇月に行われる中央委員選挙においては、いままで執行委員長候補として立候補を続けてきた佐々木芳雄(権利を確立する会会長)に替わり、原告が執行委員長候補として立候補することが予定されており、このことは広く被告会社及び組合員に周知され、宣伝活動も始めていた。原告は、訴外労組本部の執行委員に当選したことはないが、分会単位で行う中央委員(四期八年)及び分会委員(三期六年)に当選したことがあり、本件懲戒解雇当時は、平塚分会の現職の分会委員であった。

(4) 以上に述べた権利を確立する会及び原告の活動は、正当な組合活動であり、これに対して攻撃を加えるのは、まさしく不当労働行為にほかならない。

原告に対する本件懲戒解雇は、本来被告の主張する懲戒解雇事由に該当しないものである。それにもかかわらず、被告が敢えて原告を解雇したのは、被告が多くの組合員から支持を受けた原告の正当な組合活動を嫌悪したからである。そのことは、権利を確立する会及び原告の活動を敵視した被告の姿勢から明らかであり、本件懲戒解雇の時期からして、その真の目的は、原告を懲戒解雇することにより、訴外労組の平成四年度役員選挙(権利を確立する会メンバーたちの票が増え、平塚分会では中央委員、分会委員に当選者が出ることが見込まれていた。)において原告が立候補すること及び当選することを妨害し、かつ、原告ら権利を確立する会メンバー及びそれを支持する訴外労組執行部批判をする組合員に動揺を与えて、役員改選を自らの意のままに運び、もって、訴外労組が従業員の労働条件改善に取り組むことを阻止し、訴外労組の運営に支配介入することにある。

したがって、本件懲戒解雇は、発令を受けた原告に対する関係では労働組合法七条一号の不利益取扱に該当し、訴外労組に対する関係では、同条三号の支配介入に該当することは明らかであり、本件懲戒解雇は無効である。

(二) 被告の主張

(1) 原告の主張(1)については、被告会社内に単一組合である訴外労働組合が存在すること、ユニオンショップ協定を締結していること及びその役員の選出方法については認める。

(2) 同(2)のうち、被告会社が昭和三七年にワンマンバスを導入したことは認めるが、その余の被告会社に係わる事実は否認し、主張は争う。権利を確立する会に関することは知らない。

(3) 同(3)のうち、原告の訴外労組の役員歴及び原告が過去において訴外労組の中央執行委員選挙に立候補したことがあることは認めるが、平成四年一〇月の役員選挙に関することは知らない。

(4) 同(4)は否認し、争う。

4  争点4

被告が原告を懲戒解雇したことは、原告に対する不法行為を構成し、慰謝料請求が認められるか、否か。

(一) 原告の主張

本件懲戒解雇は無効なものであって、違法というべきである。原告は、右違法行為により、労働者にとって最も屈辱的な懲戒解雇により会社から放逐され、同時に職場に築き上げた組合活動も無に帰せられ、毎日の生活不安に怯えて暮らさざるをえなくなった。これにより原告は多大の精神的苦痛を受けたが、右精神的苦痛を慰謝するには少なくとも五〇〇万円の慰謝料が必要である。

(二) 被告の主張

原告の右主張は争う。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記第二の一の2及び3の事実に証拠(後掲)を併せると次の各事実が認められる。

(一) 被告会社においては、従前から乗務員に制服、制帽を着用させていたが、昭和二六年に道路運送法が制定されて、乗合バスの乗務員に制服を着用させる義務が定められた(二四条一項)のに伴い、同年一二月二六日に「服制」を制定して制服〔上衣、ズボン(女性はスカート)、帽子、外套、作業衣〕の制式を定め、翌二七年三月一六日に従業員就業規則(旧就業規則)を改正して、従業員の労働時間中の制服制帽着用義務を明文化した。次いで、昭和三三年四月一六日を施行期日として就業規則を制定し(旧就業規則は同日廃止された。)その一〇条に制服制帽の着用義務を明記し、昭和三八年七月五日に「服制」を改正して被服規程を制定し、運転士等の乗務員の職位、性別に応じた制服制帽その他の被服の具体的な形状、その着用期間などを定め、翌三九年一一月一日を施行期日として、運転士及び誘導員について「乗務員及び誘導員服務心得(服務心得という。)」を制定して「勤務時間中は、必ず制服及び制帽を着用すること。」と定めて(七条五号)制服制帽の着用義務を重ねて明記した。被告は、昭和五七年四月一日を施行期日として服務規程を制定した(服務心得は同日廃止された。)が、服務心得の制服制帽着用義務についての規定はそのまま引き継がれた。(〈証拠略〉)

(二) 被告は、昭和五一年に訴外労組から夏期(六月一五日から九月一四日まで)に限り、脱帽を許可するよう申入れを受けたので、労使協議会に諮った結果、服務規程の改正は行わないまま、労使の了解事項として、昭和五二年六月一五日を実施日として「勤務時間中は必ず制服制帽を着用する。ただし、六月一五日から九月一四日までの暑い日中は乗務中脱帽しても監査の対象としない。この場合も必ず帽子を携帯し所定の場所(運転席後部右側)に置くこと。」とすることとし、一定の要件の下に運転士の脱帽を不問に付することとした(夏期特例)。右労使協議会の結果は、労使協議会幹事より昭和五一年一二月二七日付けの書面で各営業所長に通知された。このことは、訴外労組の機関紙「つばさ」にも掲載された。被告会社においては、右通知に基づき、昭和五二年から夏期特例が実施された。(〈証拠・人証略〉)

(三) 被告は、昭和五四年に乗合バスに冷房車四台を試験的に導入し、その後本格的に冷房車を導入し、冷房車の割合は昭和五七年には三〇パーセント近くに達し、昭和五九年に五〇パーセントを超え、昭和六二年五月末には一〇〇パーセントに達した。その間、被告は、昭和五五年八月に訴外労組の同意を得て、乗合バス冷房車に乗務する場合は夏期特例の対象とせず、原則どおりの制帽着用を実施することとし、同月一五日付けの通知により、「冷房中の車両に乗務する場合は必ず制帽を着用するよう所属従業員に徹底されたい」旨各営業所長に通知し、各営業所においては、この内容を掲示する(平塚営業所においては、乗務員の点呼場所であり、乗務員が休憩時間及び待機に利用する事務所内の乗務員控室の掲示板に特例取扱期間を通じて掲示していた。)とともに、点呼等で所属の従業員に指示徹底して、これを実施した。被告は、右のように冷房中の乗合バスに乗務するときは必ず制帽を着用するように指示する一方で、訴外労組の申入れにより、昭和五八年から夏期脱帽期間を延長し、六月一日から九月三〇日までとした。そして、被告は、昭和六二年五月末をもって全車が冷房車となることから、訴外労組に対し、同年から夏期特例を廃止し、制帽着用を全面実施したい旨申入れてその同意を得た。しかして、被告は、同月二〇日総務部長名をもって各営業所長に対し、「従来、六月一日から九月三〇日までの間で、冷房車両以外の車両に乗務する場合は、暑い日中は乗務中制帽を省略することができ、また冷房車両に乗務する場合は、制帽を着用する取扱いであったが、昭和六二年五月末日で全車両冷房車となるため、乗務中は必ず制帽を着用する様、所属従業員に徹底されたい。」との通知を発し、各営業所においては、この内容を掲示する(平塚営業所における掲示場所は、前記のとおり。)とともに、点呼などで所属従業員に指示徹底して、これを実施した。更に、被告は、その後平成元年五月一二日人事部長名で各営業所長に対し、「これから夏季に向い、制服等が夏用の扱いになるが、乗務中は必ず制帽を着用する様、所属従業員に周知徹底されたい。」との通知を発している。この通知は、以後、毎年発せられ、原告が懲戒解雇された年である平成四年にも発せられ、従来どおり各営業所に掲示されている。(〈証拠・人証略〉、弁論の全趣旨)

2  ところで、被告会社は、路線を定めて定期の運行により旅客を運送する一般乗合旅客自動車運送事業等を営む一般旅客自動車運送事業者であるが、一般旅客自動車運送事業は法四条により運輸大臣の免許を要するものとされており、法は一般旅客運送事業者に対する各種の規制について規定しているほか、二八条において、「事業用自動車の運転者、車掌その他旅客又は公衆に接する従業員の選任、事業用自動車の運行の管理、一般旅客自動車運送事業者の交付すべき乗車券、事業用自動車に掲示すべき事項その他輸送の安全及び旅客の利便の確保のために一般旅客自動車運送事業者が遵守すべき事項は、運輸省令で定める。」(一項)、「運輸大臣は、一般旅客自動車運送事業者が前項の運輸省令で定める事項を遵守していないため輸送の安全が確保されていないと認めるときは、当該一般旅客自動車運送事業者に対し、施設又は運行の管理の方法の改善その他その是正のために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。」(二項)、「一般旅客自動車運送事業者の事業用自動車の運転者及び運転の補助に従事する従業員が運行のために遵守すべき事項は、運輸省令で定める。」(三項)と定めて輸送の安全及び旅客の利便の確保のために規制を行うこととし、乗務員の具体的な服務についても、法二四条一項は、「一般乗合旅客自動車運送事業者又は一般貸切旅客自動車運送事業者は、自動車の運転者、車掌その他旅客又は公衆に接する従業員に制服を着用させ、又はその他の方法によりその者が従業員であることを表示させなければ、その者をその職務に従事させてはならない。」と規定している。これらの規定を受けて、旅客運送事業の適正な運営を確保することにより、輸送の安全及び旅客の利便を図ることを目的として制定された運輸規則三八条は、旅客自動車運送事業者の乗務員の監督義務(事業用自動車の運転者に対し、法令に定める自動車の運転に関する事項について適切な指導監督等をする義務)を定め、安全及び服務のための規律として、「旅客自動車運送事業者は、乗務員が事業用自動車の運行の安全の確保のために遵守すべき事項及び乗務員の服務についての規律を定めなければならない。」と規定し(四一条)、運転者の氏名についても事業用自動車内に旅客に見やすいように掲示すべきものとしている(四二条一項)。また、運輸規則は、乗務員に関する章(第四章)を設け、乗務員に対し、旅客の現在する事業用自動車内における喫煙や走行中の職務遂行に不必要な事項についての話をすることを禁じるほか、その職務内容に鑑み、運行中断時の旅客の保護と手荷物の保管の措置をとる義務、事故による死傷者を保護する処置をとる義務を定め(四九条一項ないし三項、一八条、一九条)、「旅客が事業用自動車内において法令の規定又は公の秩序若しくは善良の風俗に反する行為をするときは、これを制止し、又は必要な事項を旅客に指示する等の措置を講ずることにより運送の安全を確保し、及び事業用自動車内の秩序を維持するように努めなければならない。」として(四九条四項)、乗務員に対して車内の秩序維持の義務と権限を規定している。そして、昭和六二年運輸省告示第四九号〔標準運送約款(一般乗合旅客自動車運送約款)〕により示された標準運送約款には、旅客は運転者等の係員が運送の安全確保と社(ママ)内秩序の維持のために行う職務上の指示に従うべきこと(二条)、乗務員が運輸規則の規定に基づいて行う措置に従わない者の運送の引受を拒絶できる(四条二項一号)ことなどが規定されている。

このように見てくると、一般乗合旅客自動車運送事業は、国民の社会、経済等日常生活に密着した欠くことのできない公共交通手段であり、事業用自動車による運送という役務の提供が不特定多数の利用者に対する給付の内容となる極めて公共性の高い事業であり、かつ、旅客の生命、身体、財産にも直接かかわる事業であることから、法及び運輸規則は、事業そのものを免許制とし、路線、運賃等を認可制にするなどして規制し、運行管理や乗務員の義務及び権限についてもこと細かに規定して、事業の適正な運営を確保することにより、輸送の安全及び旅客の利便の確保を図っていることを知ることができる。しかして、法二四条一項が「一般乗合旅客自動車運送事業者又は一般貸切旅客自動車運送事業者は、自動車の運転者、車掌その他旅客又は公衆に接する従業員に制服を着用させ、又はその他の方法によりその者が従業員であることを表示させなければ、その者をその職務に従事させてはならない。」と定めて乗務員に対する制服着用義務を規定する趣旨は、右に認定の義務と権限の下に直接輸送の安全とサービスの任務に携わる乗務員を識別させるとともに、乗務員に対し事業の公共性とその任務の重要性を認識させ、自らの職責に対する自覚を高めることにより、輸送の安全と良質なサービスの維持を図ろうとするにあると解される。運輸規則四一条が「旅客自動車運送事業者は、乗務員が事業用自動車の運行の安全の確保のために遵守すべき事項及び乗務員の服務についての規律を定めなければならない。」と規定し、これを受けて被服規程が、従業員に対する制服その他(併せて被服という。)の貸与並びに本社及び営業所に備え付ける被服の供用について規定し、就業規則が制服及び制帽を貸与された従業員に対し、労働時間中の着用義務を定め(一〇条)、服務規程が、乗務員等は、事業の公共性を認識し、職責の重要性を自覚して誠実に職責を遂行しなければならず(三条)、所属長の指示命令に従って職場の秩序保持に努めなければならない(五条)と定めるとともに、重ねて乗務員等の遵守事項として、勤務時間中の制服、制帽の着用義務を定めた(七条五号)のは、右法令の精神にそうものであり、合理性があるといえる。

3  原告は、夏期に制帽を着用することは、暑さ、発汗による不快感を生み出し、運転士が快適な運行を行う上で支障となり、発汗によって汗が垂れて安全運転に差し支えると主張する。(証拠略)には、帽子をかぶると頭がむれる、汗疹をつくりながら乗務している者もいる、自分も暑くなると帽子をとって汗を拭うために片手運転になり、安全運転に支障を来す旨の、神奈川県地方労働委員会に対する不当労働行為救済申立事件〔神労委平成四年(不)第一三号。救済申立事件という。〕における原告の証言の記載があり、運転士の笹本茂も陳述書において、冷房車は被告の言うような快適なものではないし、頭は暑く額に汗が滲み出す旨述べており(〈証拠略〉)、他に同旨の記載のある運転士等の報告書及び陳述書(〈証拠略〉)も提出されている。

しかしながら、(証拠略)によると、原告は、昭和五七年九月二八日、同五八年七月五日(午後二時三三分から同三時〇二分まで)、同五九年六月一九日及び同年八月二三日(午後三時五五分から同四時一六分まで)に行われた添乗監査の際には制帽を着用して乗務していたことが認められるのであって、右事実によれば、原告は、昭和五九年までは夏期においても原則的に制帽を着用して乗務していたものと認められるのである(〈証拠略〉中これに反する陳述部分は採用しない。)。また、(証拠略)によると、救済申立事件において、被告会社大和営業所所属の運転士である菊池八男は、「自分も夏期は脱帽しているが、その理由は安全運転するにはかぶらないほうがよい」、「汗が出たりして、邪魔になるよりは、清々しい恰好で運転したほうがよいと思うので、脱帽している」、「冷房を入れると汗は出ないが、冷房をかけて何時間も冷たい中にいると肩、首、足が痛むようになるので冷房を入れていない。」旨証言する一方、「運転士でクーラーを長時間かけておくために、体に変調を来して病気になったという話は聞いていない」、「安全運転するためには、帽子云々もあるが、労働条件が強化されていくことによって、自分なりに一番安全運転のしやすい状況をつくるために、できれば帽子を脱いだりして努めてきた」旨証言して、夏期に着帽することが安全運転に支障があるとは述べていないことが認められるし、同人は、昭和六三年までの夏期の添乗監査の際には制帽を着用していたのであり、夏期の添乗監査の際脱帽したのは平成元年五月二七日が初めてであったことが認められる。

そして、原告の主張にそう前掲各証拠にいう不快感や苦痛がどのようなものであるか、どの程度のものであるかを裏付ける客観的かつ具体的証拠はないし、安全運転が妨げられるというのも、具体性に欠ける話である。一方、夏期に帽子を着用しても汗を拭うこともなく、何ら苦痛を感じないし、運転にも差し支えないとの趣旨の被告会社の運転士作成の報告書や陳述書があること(〈証拠略〉)を考慮すると、原告の右主張にそう前掲各証拠をそのとおりには採用することができない。

(証拠略)によると、被告会社の標準的な乗合バスにおいては、エアコンとスイングファンが取り付けられていること、エアコンは客席と運転席と別々の系統になっており、運転席で温度及び冷気吹き出し風量を遠隔操作できるようになっていること、スイングファンは、外気を車内に取り入れ、車内の空気を攪拌して外に出し、外気と入れ換えるためのものであり、空気の吹き出し口は運転席天井に一か所(客席とは別系統)、客席の天井に四か所(二か所ずつの二系統)設けられていること、運転席フロントグラスにはサンバイザーが設置されていること、運転席用の暖房器が一か所あり、暖気の吹き出し口は運転士の左足元部床上と計器盤下右側の二か所にあり、左足元床上の吹き出し口は風向調節が可能であり、運転席の冷房の利き過ぎを調整することができること、制帽の生地は、昭和三三年当時は黒色の羅紗の生地で、夏期はその上に白い布製のカバーを付けていたこと、昭和五〇年ころからは生地が通気性に富んだメッシュ地に改良されたこと、平成二年九月二六日に開催された訴外労組の平塚分会委員会において、原告は、夏期の脱帽を認めるように要求することを提案したが、出席していた中央執行委員長から「各分会から話が出るようになれば検討するが、まず決められたことを守ることが前提であり、申し入れたときに既に脱帽しているじゃないかと言われてはまずいし、他社は、他社なのだから。」との趣旨の発言があって、右提案についての議論はそれで終わり、提案の趣旨にそった意見の集約には至らなかったことの各事実が認められるのであって、以上の検討の結果によると、(証拠略)により認められる車内温度等の調査結果を考慮に入れても、夏期に制帽を着用することが、乗合バスの運転士に対し、生理的苦痛を与えたり、安全運転に支障を生じさせたりするものであるとまで認めることは困難である。

4  原告は、運転士以外の営業所事務員等で制帽をかぶっている従業員はほとんどおらず、同じ従業員でありながら運転士のみに着帽を強制するのは不合理、不平等であると主張する。

就業規則及び服務規程によると、制帽を貸与されている者は労働時間中これを着用しなければならないところ、営業所においては従業員全員に制帽を貸与しているが、事務職の従業員は着帽しておらず、運転士であっても乗務中でない休憩時間及び待機時間には着帽していないし、被告会社も改めて着帽を指示していない。予備勤務に就いている運転士も着帽していない。概して、事務所内の勤務のときは着帽を指示していないといってよい。しかし、事務職の従業員であっても、街頭指導のとき、事故の初動立会のとき、行事及び催し物があって乗客整理をするなど客と接するときには制帽を着用する。整備職の場合は、制服制帽のほかに作業服作業帽が貸与されており、整備の業務に従事するときには作業服作業帽を着用するので、制帽は着用しない。しかし、整備職の場合でも、催し物に伴う乗客整理や街頭に出て街頭指導を行うときには、制帽を着用する。本社の事務職には、制帽を貸与していないので、着用していない。以上の事実が認められる(〈証拠略〉)。しかしながら、直接旅客や公衆と接する運転士と事務所勤務の事務職員とでは、その職責や任務が異なるのであるから、職責や任務に応じた運用がなされることはあり得ることであって、取扱いが異なるからといって前記認定の任務と職責の下に乗務する運転士に制帽を着用させることが不合理、不平等であるとはいえない。

5  原告は、神奈川県下を運行している同業他社の乗合バスのなかにも、夏期の脱帽を認めている会社があると主張し、それにそう書証も提出する。しかしながら、他社の取扱いの如何によって、被告会社の就業規則や服務規程の適用の是非が直ちに左右されることにはならないし、被告会社の労務課長青木邦夫が平成五年に全国の乗合バス会社のうち、五〇台以上を保有する会社全部(二〇一社)に対して、直接アンケート(一五四社)及び電話(四七社)により、夏期の制帽着用状況について調査したところ、全車両について制帽を着用すべきものとしている会社は一五三社(七六・一パーセント)、冷房車のみ制帽を着用すべきものとしている会社は八社(四・〇パーセント)、夏期には脱帽を認めている会社は四〇社(一九・九パーセント)であり、特に、神奈川県下に比べて気候的条件が厳しい九州運輸局管内(沖縄県を含む。)では三〇社が全車両について制帽を着用すべきものとしていること、被告と営業区域又は路線が競合している同業他社においても夏期の制帽着用を義務づけている会社があることが認められる(〈証拠略〉)。したがって、原告の右主張から、夏期の制帽着用が不合理であるとはいえない。

6  以上によると、乗合バスの運転士に乗務中制帽の着用を義務づけている就業規則一〇条、服務規程七条五号の規定を夏期に適用することが不合理であるとはいえない。したがって、前記第二の一の4の(一)ないし(七)の本件行為は、就業規則八条一項、一〇条、服務規程三条、五条、七条五号に違反し、懲戒規程九条五号、六号及び七号に該当する。

二  争点2について

1  使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないときは、権利の濫用として、無効となると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告は、所属営業所長、助役の注意や指示を全く無視して同年七月五日から同月一二日までの間、殊更に脱帽を繰返し、研修センターにおける再教育においても、その後の所属営業所長の教育においても、更に本社人事部長の事情聴取においても、なお自己の主張に拘泥して、制帽は着用しない、信念であるなどと言って改めなかった。このように、原告による制帽不着用は、たまたま着用を忘れたというものではなく、就業規則及び服務規程に違反するものであることを十分認識しながら、意図的に乗務中の脱帽を累行し、所属上長から再三にわたって注意され、指示を受けても全く改めなかったというものである。平成二年九月の訴外労組の平塚分会委員会においても、原告は、中央執行委員長から「まず決められたことを守ることが前提」と釘を刺されたのに、就業規則及び服務規程に違反することを承知の上で、いわば直接行動に出たという事案であり、原告の本件行為は、被告会社の職場規律と秩序を乱す行為に該当するものであり、相応の懲戒を受けてもやむを得ないものというべきである。

2  ところで、被告会社においては、運転士の中には、制帽を着用しないで乗務している者がいることが認められるが、被告が制帽不着用を理由として懲戒に付したのは、原告のほかには、原告と同じ権利を確立する会に所属する岡本末廣、松本道典及び今野富二男の三名のみであると認められる(〈証拠略〉)。すなわち、岡本は、『〈1〉平成元年六月八日午前一一時五八分ころから午後〇時二五分ころまでの間、町田バスセンターと成瀬台の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた被告本社調査室(調査室という。)の安西監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行され、同月二七日、調査室より右報告を受けた大和営業所の西ヶ谷助役から、個別教育を受けて、乗務中制帽を着用するように指示されたのに、「暑いので脱いだ。これからも暑いときは脱がせてもらう。」などと言って右指示を拒否し、同年八月二日、同営業所の安藤所長からも同様の指示を受けたのに、これを聞き入れなかった。〈2〉同年八月二〇日午前九時五〇分から午前一〇時〇四分ころまでの間、町田バスセンターと成瀬駅の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた安西監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行され、同月二六日、調査室より右報告を受けた安藤所長と西ヶ谷助役から、重ねて個別教育を受け、乗務中制帽を着用するように指示されたのに、「眠気がして安全運転できないから脱いだ。暑いときはかぶらない。」などと言って右指示に従うことを拒否した。そのため、安藤所長から、「今度は私の方で添乗し、写真を取らせてもらう。」と警告注意を受けた。〈3〉同月三一日午後五時二五分から三八分ころまでの間、車庫前と町田ターミナルの間を制帽を着用しないでバスに乗務した。』ことが就業規則八条一項、一〇条、服務規程五条、七条五号に違反し、懲戒規程九条五号、六号及び七号に該当するとして、平成元年一〇月六日、平均賃金日額の二分の一(五五〇〇円)の減給の懲戒を受けた。松本は、『〈1〉平成二年五月三〇日午後一時五五分から午後二時〇三分ころまでの間、小田急相模原駅と国立病院間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた調査室の若林監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行され、同年七月五日、大和営業所の安藤所長と倉橋助役から、個別教育を受けて、乗務中制帽を着用するように指示されたのに、「暑い時は着用できない。」と言って右指示に従うことを拒否した。〈2〉同年八月一三日午前八時一三分から二五分ころまでの間、成瀬台とつくし野駅間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた若林監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行された。〈3〉次いで、同日午後四時三二分から午後五時一六分ころまでの間、鶴間駅と桜ケ丘駅の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、追跡添乗(添乗監査によって警告書を発行され、所属営業所の上司から注意、指導を受けた運転士に対し、所属営業所の上司がその運転士の乗務する乗合バスに添乗して注意、指導の履行状況を監査することをいう。)をしていた安藤所長と渋谷助役にこれを現認され、その場で、安藤所長から制帽を着用するように指示されたのに、その指示に従わなかった。〈4〉同月一六日午前九時五〇分から午前一〇時二三分ころまでの間、鶴間駅と大和駅の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、追跡添乗をしていた安藤所長にこれを現認され、その場で、制帽を着用するように指示されたのに、その指示に従わなかった。〈5〉同年九月五日、大和営業所の西ヶ谷助役から、個別教育を受けて、乗務中制帽を着用するように指示されたのに、「暑い時には事故をやらないためかぶらない。」などと言って右指示に従うことを拒否した。次いで、同月一〇日、西ヶ谷助役から、同月一三日に被告本社研修センターで個別教育を受講するように指示され、同月一二日、安藤所長からも重ねて同様の指示を受けたのに、その指示に従わなかった。〈6〉同月二九日午後四時二〇分から五五分ころまでの間、町田バスセンターとつくし野駅の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた調査室の吉田監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行された。』ことが就業規則八条一項、一〇条、服務規程五条、七条五号に違反し、懲戒規程九条五号、六号及び七号に該当するとして、平成二年一〇月一九日平均賃金日額の二分の一(七一〇〇円)の減給の懲戒を受けた。今野は、『〈1〉同年四月二三日午前八時四四分から午前九時〇七分ころまでの間、町田バスセンターと成瀬台の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた調査室の若林監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行され、同年五月二一日、調査室より右報告を受けた大和営業所の安藤所長と渋谷助役から、個別教育を受けて、乗務中制帽を着用するように指示されたのに、「帽子は暑いからかぶらない。」などと言って右指示に従うことを拒否した。〈2〉同年七月五日、安藤所長から、同月七日に本社研修センターで個別指導を受講するように指示されたのに、その指示に従わなかった。〈3〉同年八月二一日午前一一時三二分から五四分ころまでの間、鶴間駅と大和駅の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、追跡添乗をしていた安藤所長にこれを現認され、その場で、同所長から制帽を着用するように指示されたのに、「暑くて帽子はかぶれない。」と言って、その指示に従わなかった。〈4〉同年九月三日午前一〇時三一分から四七分ころまでの間、成瀬台と町田バスターミナルの間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた調査室の月本監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行され、同月一二日、調査室より右報告を受けた大和営業所の安藤所長と西ヶ谷助役から、個別教育を受けて、乗務中制帽を着用するように指示されたのに、「暑い時は脱ぐよ。」などと言って右指示に従うことを拒否した。〈5〉同月二一日、安藤所長から、再度、同年一〇月三日に本社研修センターで個別教育を受講するように指示されたのに、その指示に従わなかった。〈6〉同月三〇日午前一〇時四五分から午前一一時一〇分ころまでの間、町田バスセンターとつくし野駅の間を制帽を着用しないでバスに乗務した。そして、添乗監査をしていた調査室の吉田監察員にこれを現認されて注意を受け、警告書を発行された。』ことが就業規則八条一項、一〇条、服務規程五条、七条五号に違反し、懲戒規程九条五号、六号及び七号に該当するとして、平成二年一〇月一九日平均賃金日額の二分の一(六三〇〇円)の減給の懲戒を受けた。(〈証拠略〉)

3  原告は、昭和四九年四月に特殊交番の仮眠中に無断で外出し飲酒したことにより同年八月に減給の懲戒を受け、昭和五三年に導入された指差呼称の制度に反対してこれを行わなかったことにより昭和五四年二月に譴責の懲戒を受けたことがある。更に、原告は、本件行為の二年以内以前に懲戒を受けた前歴がある。すなわち、原告は、平成三年二月一三日午前一〇時から午後五時まで、被告の研修センター(伊勢原市所在)に於いて集合教育を受けることになりこれに出席したが、同日午後二時一五分ころ、研修科目の一つであるグループ別討議の最中に、無断で研修室を抜け出して離脱し、そのまま以後の受講を放棄して、被告会社の規律、職場の秩序を乱したことにより、平成三年四月二七日に減給の懲戒を受けた。(〈証拠・人証略〉)

4  懲戒規程によると、被告会社においては、懲戒の種類として、譴責(始末書を提出させて将来を戒める。)、減給〔一回について平均賃金日額の二分の一以内(一賃金計算期間内における減給総額は、その期間の賃金総額の一〇分の一以内)の給与を減じる。〕、出勤停止(出社を停止し謹慎を命ずる。ただし、その期間は、一件一回につき三〇日を超えないものとする。出勤停止期間中の賃金は支払わない。)、昇給停止(二年を超えない期間の定期昇給及び臨時昇給並びにその他一切の昇給資格を喪失させる。)、降職(現在の職を降下する。処分後一年間は降下した職を変更しない。)、懲戒解雇(予告期間を設けることなく即時解雇する。)の六種を定めており(二条ないし八条)、原告が受けた懲戒解雇はもっとも重い懲戒であり、退職金は支給されない。

5  以上の認定事実に基づき検討する。旅客の立場に立ってみると、旅客が乗合バスに乗車するということは、運転手に自分の生命を預けるに等しい行為であるから、全面的な信頼を措くことができる運転手かどうかは当該旅客の重要な関心事である。旅客にとって、運転手に見られる服装の乱れから規律の乱れを連想させることもあり、規律の乱れは運行の安全に対する不安感を生じさせるものである。制帽を例にとると、同一事業者の乗合バスでありながら、きちんと着帽している運転手がいる一方で、脱帽している運転手がいるというのは不自然であり、旅客としては着帽している運転手に安心感を抱くであろう。また、着帽の仕方も問題であって、かぶり方如何では、旅客に不快感や不安感を与えることもあろう。そのような意味において、本件行為のうち、制帽の不着用という規律違反は、乗合バスの運転士という職責を考慮すると、決して軽いものではない。また、本件行為のうち、上司の指示、命令違反は、その内容及び態様から考えて、あからさまな反抗ともいえるものであって、その責任は重いといわざるを得ない。

しかしながら、制帽不着用により具体的な業務阻害の事実が生じたということは認められないし、指示、命令違反もそれ自体が社内の秩序を乱す行為であるが、本件においてはそれを超えて、原告を企業から排除しなければ、社内の秩序の維持が困難となり、その業務が阻害されるに至る程度のものと認めるには足りない。また、原告は、本件行為が行われた一年前の平成三年七月一八日平塚駅と四ノ宮間で、脱帽して乗務しているところを添乗監察員に現認されている(〈証拠略〉)が、何らの懲戒を受けていないし、前記認定のように、脱帽しても懲戒を受けていない運転士もおり、懲戒を受けた前記三名は減給に過ぎなかったのであって、本件行為(脱帽)が問題とされた過程において、原告が懲戒解雇されることを警告されたり、そのことを予測させる事情は生じていない。そのような経緯を辿ってなされた上司による指示、命令や指導において「頑に態度を改めなかった」として、懲戒解雇されるに至ったことは、原告にとっては事態の意外な展開であったと推認するに難くない。

以上のように検討すると、本件行為がそれ相応の懲戒に相当するものであるとはいえ、また、より重い懲戒の種類を選択できる懲戒規程一〇条三号、八号及び九号に該当するものとしても、原告は昭和三六年以来被告会社の従業員として勤続三一年の安定した地位にあったのであり、本件において認められる本件行為の動機、態様、業務阻害の有無、前記三名に対する懲戒例との均衡、その他の情状を併せて考慮すると、右認定の原告に認められる過去の懲戒歴(特に、本件の二年以内以前の減給の懲戒)及び規律違反歴並びに(証拠略)により認められる原告の勤務態度や勤務状況等の事実を考慮に容れても、原告に精神的、社会的及び経済的に重大な不利益を与える懲戒解雇をもってこれに臨むことは、懲戒権の濫用に当たるものというべく、本件懲戒解雇は無効といわざるを得ない。

三  争点4について

本件懲戒解雇が懲戒権の濫用として無効であることは先に説示したとおりである。そして、これが、原告に対する故意による違法な権利侵害行為に当たり、不法行為を構成するか否か問題であるが、仮にこれを肯定するとしても、原告の慰謝料請求は理由がないものというべきである。けだし、財産権が侵害された場合には、財産的損害の回復により精神的損害も回復されるのが通常であるから、侵害された財産権が被害者にとって特別の主観的精神価値が存し、財産的損害の回復によってはいまだ償われないほどの甚大な精神的損害が生じた場合で、不法行為者がそのことを予見し得る場合にのみ慰謝料の請求が認められる場合があると考えられる。しかして、本件解雇によって侵害されたのは、雇用契約上の権利(その主要なものは、賃金請求権である。)であって、それが労働を通じて自己実現を図るといった単なる財産的価値としては評価しきれない価値を持つものであることはいうまでもないけれども、本件懲戒解雇により、原告が財産的損害の回復によってはいまだ償われないほどの甚大な精神的損害を被ったと認めるに足りる的確な証拠のない本件においては、雇用契約上の権利の存在と未払賃金等の支払請求が本判決で認容されている以上、雇用契約上の権利の侵害により被ったとされる精神的損害は、回復されたものというべきである。また、本件懲戒解雇により、原告が雇用契約上の権利以外の権利、利益を侵害され、それにより精神的損害を被ったことを認めるに足りる的確な証拠もない。争点4に関する原告の主張は採用することができない。

第四結論

以上の認定及び判断の結果によると、原告の本訴請求のうち、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、平成四年九月二五日支給分から平成六年四月二五日支給分までの賃金(賃金計算期間は平成四年八月二〇日から平成六年四月一五日まで)の未払賃金合計一一五四万七一七四円と、平成四年冬季一〇六万三一〇六円、平成五年夏期一〇七万一〇五四円、平成五年冬季一〇八万九一七九円の臨時給(一時金)合計三二二万三三三九円の総合計金一四七七万〇五一三円及び平成六年五月二五日支給分以降の賃金(賃金計算期間が平成六年四月一六日以降の賃金)の支払いを求める訴えは、争点3について判断を加えるまでもなく理由があるから、これを認容すべきであるが、被告の不法行為を理由として損害の賠償を求める訴えは理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官木下秀樹は転補のため、裁判官間史恵は差し支えのため、いずれも署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡邉等)

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